広島のぷくっとした食いしん坊のおいしい日々です


by hirfi
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新潟中越地震 <実家は無事でしたレポート>

昨夜6時過ぎ、新潟県の中越(ちゅうえつ)地方=3分割した中央部のあたりにとんでもなくでかい地震が起きたことは、すでに皆さんご存知の通り。

ボクは現在広島在住だけれど、三重県松阪市で生まれた新潟県育ち。
生まれて3ヶ月目に父の転勤で越後に引っ越してから、大学とその後の2年間を東京で過ごした以外 27歳で広島に来るまでの約20年あまりを新潟県で過ごしました。
新潟に転勤して20年余りの頃にボクの両親は関西に戻ることをあきらめて家を建て、今もそこに姉の一家と一緒に住んでいます。


恥ずかしながら昨夜は得意先の懇親会に参加していたので、ボクが地震があったことを知ったのはなんと、地震から3時間以上たった夜の9時半過ぎでした。

友人・知人が何人も電話やメールで問い合わせてきてくれていたのに、ボクは全然知らずに中華料理をパクパク食べていたのです。(車だったから飲んではいなかったけど)
知らなかったとはいえ、ちょと 情けない・・・ (-_-;)





中華料理店を出て携帯に気づいたボクは、メールを見て慌てて実家に電話しました。
案の定 NTTの固定電話はまったく通じませんでしたが、姉の携帯にかけてみたら、一発で通じました!!

「もしもし、ああ ごめんね 心配したやろ~。 全然大丈夫やったんよ」
という姉の声を聞き、
「いや 今さっき友達に聞いて、始めて電話したところ」
と言ったら、

「あんたはほんまに幸せな人やね、それで一発で電話がつながったんか」
と 大笑いされてしまいました。


ウチの実家は被害がひどかった新潟県中越地方(県の中央部)からはずっと京都寄り、上越(じょうえつ)地方の直江津というあたりなので、揺れたのはとんでもなく揺れたらしいけれど、コップ1つ壊れることなく、誰もケガもしなかったとか。

母はボクをはじめ 関西に散らばる親戚一同に連絡を取ろうと必死で何度も携帯から電話していたらしいけど、現地からは全然かからない状態だったらしいのです。

情けない出だしだったけど、そうかそれでちょうどよかったのか、ヘンに気を揉んだりしなくて済むベストタイミングで情報を知り、一発で連絡が取れたボクにはすごい「ツキ」があるなぁなどと暢気なことを考えていましたが、帰ってTVを見てもうびっくり!!

これはとんでもない地震でした。
いやいやこうして書いている今も現地では数分おきに余震で揺れているのですから、現在進行形です。

ボクの同級生の多くは新潟県で教員や県職員をやっているし、姉夫婦も5~6年前まで被害がひどかった中越地方で働いていたので、多分あちらに知人友人が多いはず。
親と暮らすために転勤してきてくれた姉夫婦でしたが、結果的にとてもラッキーだったということです。

被災地の皆さん、また親戚知人友人がお近くに住んでおられる皆さん、急に寒くなったこの時期なので、それはそれは大変だろうとお察しします。
いえいえ 味わった事のない大変さなのですから想像することしかできないし、穏やかで平和な広島からでは申し訳ないけれど、どうか 負けずに頑張ってください。


それにしても、被害のひどさをTVが刻々と伝えていますが、
最近の自然災害の様子を見るつけ、
天が怒っている
という気がしてなりません。

その昔流行った小松左京の「日本沈没」を思い出します。

天が人間に、日本人に腹を立てているのだろうな
それほどにボクたちは地球や歴史やこの日本という美しい国を冒涜するようなことばかりしているのだろうな
とついつい考えてしまいます。

自分ひとりではなにもできない気がするけれど、
毎日ほんのちょっぴり、
1つずつ自分以外の誰かのために行動することができたら、
誰もがそんな行動が取れたら、
広島が、日本が、そして地球が少しずつ良い方向に変わっていくことができるのではないかと信じて、爪楊枝の先ほどの「何か」をし続けようという思いがだんだん強くなっています。

映画化された小説「ペイ・フォワード」の精神で
生かしていただいていることへの感謝の気持ちを明日に伝えていきたいと切に願う近ごろのボクなのでした。。。
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by hirfi | 2004-10-24 11:34 | トホホ